なんでもないひとりごと。

ADHDと診断されたどこにでもいる人間の、自分を見つめ直す為のブログです。

変だということ

自分のことを変人だという人は、大抵変人じゃないことが殆どです、多分。

変わり者はどう足掻いてもバレてしまうから。普通な人がなりたい変人(想像する変人)は大体型が決まっている気がします。

 

こんなことを言うと矛盾しているかも知れないけれど、私は自分が変だと言うことを自覚しています。自慢でもなんでもなく、ただ自分が他の人とは違って、世間から爪弾きにされるような人間である事を自覚しています。

大抵変人は、自分を普通だと言ったりします。謙遜でもなんでもなく、自分が変だということを自覚していないからだと思います。自覚した瞬間、普通だとも変だとも言わず、ただ黙ってその話題をやり過ごす事しか対処法がない気がしています……(私の場合だけれど)。

 

変人であること、の境界線や基準は人それぞれではあるし、私も他の人から見れば特に何もない、ごく一般的な人間かもしれないです。私からしてみると、そう思ってくれた方が嬉しいしありがたいですが。

 

自分が他人とは違う、世間からみた普遍的な人間ではない。そう悟った瞬間、楽になった気持ちと、普通になりたいと願う気持ちとがやってきました。普通ってなんだろう、私はどこが違うんだろう、そもそも変だと言われる所以はなんだ、どうしてみると私は変なんだ。尽きない悩みをぐるぐると悩んでいます。現在進行形です。

私は自分が変だと自覚してはいるけれど、どこがどう変なのかはわからないので改善のしようがないんですよね。きっと変だと言われる部分は私の根本だったり、もう直せないほど私の中に染み付いていたりするんだろうとは思いますが。

たまに思い出したように「普通になりたい」と呟く日々なのですが、一体普通ってなんだ、どういうものなんだ……と哲学してしまいます。

日本が「多様性」というものに寛容である国ならば、こんなに悩むこともなかったのかもしれないですね、なんて。

 

私が私であることを誇れるようになるまでは、まだまだ時間がかかりそうです。