なんでもないひとりごと。

ネガティヴ思考な人間の、自分を見つめ直す為のブログです。

長所の話

今回は趣旨を変えて、自分の長所を主観的に語っていきたいと思います。たまには自分を褒めてやろうという感じのあれです。

 

私は、自分の容姿と性格以外の、自分が持っている要素すべてが好きなのですが(誕生日、利き手、星座、血液型、名前、家族関係、友人関係)、自分の性格で数少ない、好きな部分は、「他人に優しくできる」ということです。当たり前だと思う人もいるかもしれません。しかし、人は自分の理解から外れる人には優しさを見せることはありません。嫌悪感や不気味さが勝るからでしょうか。私には、その感情が薄いのです。というか、どちらかと言えば「いじめられる側」なので、少なからず他人に不快感を与えないようにどんな人にも何らかの理由があって(例えとてつもなくくだらないとしても)、行動を起こしたり、言葉を発したりするわけです。私のテーマの一つである「多様性を認める」に当てはめて、私は私、他人は他人、違うからこそ、自分がされて嬉しい優しさを、相手にもしてあげたいと思うのです。自分がされて嫌なことを相手にするなとは言われても、自分がされて嬉しいことが相手も嬉しいとは限らない、と言われることもあると思います。他人の感情の差し加減なんてわからないから、マイナスよりはプラスのものを与えられるように、出来るだけ、相手にとっての嬉しいを考えながら、自分にとっての嬉しいを相手に渡せたらなと思っています。

 

もうひとつ、私は自分の真っすぐすぎるところが、嫌いであって、しかし誇れる部分だと感じています。私は昔から思ったことはすぐ言ってしまう習性がありまして、それのせいで沢山人を傷つけてきました。言動は単純に脳に浮かんだものをそのまま言葉にしたものから、自分の信念、正義に基づいたものまで様々です。今ではすっかり自分の言葉で相手を傷つけたり自分が傷つくのか怖いので、発言する機会はめっきり減りましたが(表向きで明るくしゃべるのはなぜか得意です)。自分のなりの正義、というと独りよがりなイメージがありますが、私のそれは独りよがりそのものでした。私は、知り合えば知り合うほど嫌われる傾向があるのですが、その理由の一つとしては、冗談が通じないレベルの頭の固さと信念を持っているからだと思っています。基本的に大多数の意見に流されることはなく、多数決の原理により正義となったものを違うと否定することがあったりするので(そこで代替案が出せないのが独りよがりさをより露呈させる気がします)、人によっては「少数意見を貫く私カッケー」に見えるのかもしれません。

人が群れでいることにあまり理解を示せない人間なので、そういった部分も相まっているのかもしれません。

知り合えば知り合うほど嫌われる最大の理由は、恐らく「真面目そうに見えて実はとんでもないクズなものぐさ野郎」だという事がばれてしまうからなのだと思っています。「もっと真面目だと思ってた」と言われたことがあります(これ以上真面目になったらきっといつかぽっきり折れて、根性がねじ曲がってしまうでしょうね)。人より多少は真面目である自負がありますが、それ以上に、人よりも面倒くさがりなものぐさで、クズな部分が大きいんですよね。自分の事を頭悪いとはあまり思わないのですが、あほだなとは常々思ってます。

もう一つ自分の好きなところは、割と自然な演技ができるところ、ですかね。嘘を吐くのはド下手くそだし、誤魔化すのも下手ですが、演技にはちょっと自信があります。だからなんだと思うかもしれませんが(そもそも自分を演じることが少ないので、あまり使う頻度がないのですが)。だますのも好きではないので、まあ、滅多に使わない特技?ですが。いざとなれば、物分かりの良い、従順な女の子も、誰にでも優しくて怒らない女の子も演じられます。ただ口が悪いので、ちゃんとした言葉遣いの女の子になるのは難しいかも知れません…。私の持っている数少ない処世術です。

 

長所の話をするはずが、いつのまにか方向がずれている……。まあ、いいか。