なんでもないひとりごと。

ネガティヴ思考なADHDの、自分を見つめ直す為のブログです。

嫌われる話

誰しも、嫌いな人もいれば、好きな人もいると思います。なんで好きになるか、嫌いになるかの要因って、具体的なものもあれば「生理的に無理」だなんて言ってしまうものもあって様々ですよね。

私、あまり嫌いな人をつくらないようにしているんですよ。嫌いになりそう、と思った瞬間、関心を寄せないようにするんです。難しいですけどね。私の世界には「好きな人」と「どうでもいい人」の二つだけでいいなあ、と思っているんです。嫌いな人にエネルギーを使うぐらいなら、無関心になった方がずっといいと自分では考えています。

実際というか、ここ数年で本当に人との関りを極力減らすようにしていたので、興味も薄れている感じがします。他人は自分の鏡、なんていうぐらいだから、きっと私は自分にさえも興味が無くなっているのかなとか思ったり。

さて、タイトルは「嫌われる話」です。端的に言えば、私って人に嫌われやすいんですよね。実際に「嫌い」と言われたことはあまりないので、正直体感での話なんですけど。それでも十分、嫌われやすいです。空気が読めないところなのか、逆に考えすぎて自分の考えを表に出せないせいなのか、表情がわかりづらいせいなのか、それとも全部か、理由は正直まだわかってないです。ただ、比較的嫌われやすい方、という事実のみを理解している状態です。

どうでもいい人に嫌われるのは、まあどうでもいいんですよ。問題は、好きになった人にも嫌われることなんですよね。正確にいえば「嫌われているかなと考えてしまうこと」ですけど。実際嫌われているかどうかは言われないとわからないので、自分で「この人に嫌われてる」と考えてしまうことが、それで距離を置いてしまうことが、すごく嫌なんですよね。でも真正面から「私のこと嫌いですか」なんて聞ける勇気もない。

好きになったからって好かれるとは限らないし、私は距離が縮むほど扱いが雑になったり言葉遣いも荒くなったりしてしまうので、結果嫌われてしまうことがままあります。今は気を付けようと思って、言葉遣いをある程度見直したりしていますけど、独り言とかはそのままの自分なので、まあ口汚い。

嫌いな人やどうでもいい人ならいざ知らず、好いている人にも嫌われるのは、心が折れます。だから人との距離を置こうとしてしまうんですよね。どうせ嫌われるなら、と。とどのつまり、嫌われるのが怖いんですよ。思い込みが激しい性格なのもどうにかしたい。どうにかしたいことがいっぱいで、何から手を付けていいのやら。

まあ、こんな面倒くさい性格してたら、そりゃ嫌われるよねって、自分でも思うんですけどね。