なんでもないひとりごと。

ネガティヴ思考なADHDの、自分を見つめ直す為のブログです。

生きものを仕事にしたい

どうも、今日も今日とてデスレース、のなめです。ブログのネタに悩み、生活に追われ、グズグズしてたら明日が締め切り日。今日は徹夜です。

 

さて。皆さんは「言葉は生きている」と思いますか。言葉は時代によって変化する。新しく生まれ、死んでいく。言葉は生ものです。

私は、言葉が好きです。言葉で表現すること、言葉の構造を考えること、言葉で社会を作っていくこと。そういうことに興味があります。

今までずっと、比較言語をやりたいのだと思っていたのですが、社会言語の方が肌に合っているというか、より私の興味を惹くものだということに最近気がつきました。

社会の中で生まれる言葉。どのように活用されて、人々の生活の中で息づくのか。それにとても興味があります。まだまだ知識は浅いですが、言葉や文章に携わる仕事がしたい身なので、まずは勉強をしたいと思っています。

これで興味があるのは、社会言語学者か、地域雑誌のライターか、日本語教師です。現在日本語教師の勉強もしているのですが、外国人だけでなく、日本人にも教えられたら良いのにな…と思うことがたくさんあります。ただ、私は人と接するのが下手ですし、教えるよりは書いたりする方が好きなのでどうしようかな…という感じです。興味は持ち始めているのですが。懸命に身につけようとする外国人の手助けができることは、きっと素晴らしいことなのだとは思いますが。

学者、研究者になるには、大学院進学も考えています。親には了承済みなので、就活をしつつ考えていけたら良いなと思います…。

 

もうひとつ。「図書館は生きている」。図書館へ行ったことはありますか? 大人になると、あまり縁がないかもしれませんね。お子さんがいる人は、図書館で児童書を借りることはあるかもしれません。

私は現在、司書の資格の勉強をしています。その講義の中で「図書館は有機体である」という言葉に出会いました。図書館は生きている。言葉もそうですが、中々概念的だなと思った記憶があります。

司書と利用者の対話から、探したい本や情報を探す。外国人やLGBTの人、戦争経験者などを呼んで、実体験を話してもらい「生きてる本」としての活動を行う。四季やイベントに併せてコーナーを作る、入れ替える。読書会や朗読会、他にも色々工夫はあるんだろうなと思います。

図書館は、地域と人を結ぶ場所だということを教わりました。地方の特色を加えた図書館は、その場だけの唯一無二のものです。地域住民だけではなく、観光客が図書館を通してその地域を知るきっかけを作ることもできます。学生やお年寄りが使う場所ではない。誰にだって気軽に利用できる場のはずだと、講義を通して学びました。

司書のイメージはどういうものでしょうか。カウンターに座って、本の整理をして。それだけだと思う人がどれだけいるのでしょうか。実態は複雑です。その上正式な資格が要るはずなのに、どうして低賃金で雇おうとするのでしょうか。とこの前大学図書館の司書を低賃金で募集した旨のツイートを見かけて思いました…。

 

図書館司書も、日本語を扱う仕事も、相手は「生きもの」なんです。生きものを通して、人と接する仕事、だという認識をしています。まあ、直接人と話したりすることも多いですが。

私は「人」と接することは苦手です。でも、こういった「生きもの」と接することは大好きです。間接的に「人」との関わりを得ることもできますし、「生きもの」と向かい合うこともできる。私に合っているんじゃないかな、と思ったり思わなかったり。

どちらも、素敵で素晴らしい仕事だと思います。同時に、日本には軽視されている仕事でもあります。日本語教師、と聞いて、自分もできるだろうと軽く考える人はどれだけいるんでしょうか? 図書館司書なんて簡単だ、と思う人がどれだけいるんでしょうか? ちゃんちゃら可笑しいですよね。笑ってしまいます。

日本語が話せるからといって、日本語を教えられるわけがありません。それならば、国語の教師は必要ないはずです。本の整理をする、貸し借りをするだけが司書の仕事ではありません。当たり前かもしれませんが、それを理解していない大人がいることは事実です。外側だけ見て、内側も知った気でいる大人がどれだけいるのでしょうか。

私は正直、今の日本は好きじゃありません。あまりにも生きづらすぎる。けれど、日本の文化が好きです。日本語が好きです。これらを守る、あるいは知らせていく仕事に就けるなら、どれだけ良いのでしょうか。学芸員の資格も取れば良かったかもしれない…。

とまあ、それは置いといて。日本を捨てても、これらを世界に知らせることができるなら、私はその仕事を選び取りたいです。海外に行くことも視野に入れています。それで私の好きなことができるなら、躊躇はしません。

迷うし、自分にできるか不安な要素は多いです。専門的な知識やスキルが必要だからこそ、真剣に考えて取り組む必要があります。それでも、好きなこと、興味のあることしかできない私には、きっとこれが選択肢なのだろうと思います。

これで最終的に一般企業に就職とかしたら、一周して笑えますね。その時は好きよりも生活を選んだのだと思ってください。