なんでもないひとりごと。

ネガティヴ思考なADHDの、自分を見つめ直す為のブログです。

女の子らしさの話

年齢的にまだ「女の子」と言える範囲内にいるとは思うのですが、世間的にはそろそろ「女性」として扱われそうだな…というところの境界線上にいる、そんな気がしている今日この頃です。とても素朴な疑問なのですが、「女の子」らしさ、というものはなんなんでしょうか。

 

女の子、という言葉を聞いて思い浮かべるのは、そのまま『女の子ども』というものでしょうか。それが「女の子らしい」という言葉になった途端、仕草や服装の可愛らしさであったり、お淑やかで控えめであったり、柔和である、というようなイメージになる気がします。あくまで、私の中の「女の子らしい」という言葉のイメージですが。

私は世間一般的に言われるような「女の子らしさ」を備えてはいないと思っているので、「女の子らしさ」というものはどういうものなのだろうな、とふと考えたことがきっかけなのですが、本当に「女の子らしさ」というものはなんなんですかね。哲学できそうです。『女』という性に生まれた時点で「女の子」であることは確定しているし、そこに「らしさ」というものがくっつくことは、ちゃんちゃらおかしいのではないでしょうか。らしいって何なんだよ、私は女だよ。

などと、そう思ってしまう反面、「女の子らしさ」には自分が持っていないものが詰まっている気がして、「私は女だから『女の子らしい』なんて言葉は気にしなくてもいい!」とも思えず。また、「女の子らしい」「女らしい」という言葉は同義語ということでいいのでしょうか。ちょっとまたニュアンスの違いがありそうな気がします。考えれば考えるほど深みにはまっていくこの感覚、私は日本語のこういうところがたまらなく好きです。

 

話がそれてしまいましたが、「女の子/女性/女らしさ」というものは、男性が思うものと女性が思うものでも形が変わっていそうですよね。そもそもの価値観が性別だけではなく、一人ひとりで異なっているので、細かく検証することは難しいですけど。

私が思う「女の子らしさ」というものは、突き詰めていけば「純粋な女性の可愛らしさ」なんじゃないかなと。要するに内面の素直さとか、それによる自然な反応や仕草、言葉遣いから受ける印象が「女の子らしさ」なのかなぁと思います。女性が本来持っている素朴さが表に出た瞬間。それが「女の子らしい」ということなのかな、と勝手に解釈してみたり。まあ、この意味合いでいえば、私は女の子らしいと言えなくもないです。

こんな風に、言葉の意味を自分なりに考えることはとても楽しいです。たとえ辞典などとは違う意味になったとしても、自分が納得するまで考察してみるのも一興かなと思います。