なんでもないひとりごと。

ネガティヴ思考な人間の、自分を見つめ直す為のブログです。

感情表現の話

他の記事でも散々言ってきたのですが、私は感情表現が乏しく、感情が表に出にくいようです。周りからは「何を考えているのかわからない」と言われたり、冷たい印象を持たれがちなのです。ですが、私自身は割と素直な方で、実を言うと、感情が表に出やすい方だと思っていました。恐らく他の人と自分の「感情を表に出している」感覚がずれているんだと思います。

中学までは割と自然に明るく振舞っていたのですが、高校に上がると、友達がいなかったこともあって、自分を表に出す機会がぐんと減っていたのかもしれません。受験戦争、進学至上主義、人間関係などに嫌悪するような毎日だったので。

今思えば、自分に合わなかったのかなあと。進学なんて微塵も興味が無かったし、今頑張って、我慢すれば未来は明るくなるなんて、当時の自分には全く想像もできなかったので。なんで周りはそんな見えない未来のために頑張れるのか、私は理解できなかった。現在はさすがに理解できますが、理解できなかった当時の自分を責めるつもりはありません。今の私も、見えない未来に向かって努力することがあまりできていないので。

話を戻します。

今は薬の影響もあってか、人間らしさが徐々に減っていく感覚があります。元々ドライな性格ではあったのですが、今は無味乾燥、という感じ。

周囲の人間を「好きな人」と「どうでもいい人」に分ける意識をするようになってからしばらく経つのですが、実際「嫌いな人」がいないわけではなく、寧ろ「嫌いな人」にされた過去に苛まれるような日々を送っていたのです。それが、薬を飲んでからは、本当に「どうでもいい」と無関心になりました。人間らしさを失った代わりに生きやすさを手に入れたような、そんな気がしています。

笑顔を作ることが下手くそなのも、昔からです。ずっとへの字口でいて、写真を撮る時ぐらいしか笑顔を作ることがなかったのもありますが。高校では、綾波レイよろしく「笑顔の練習」をしていました。結果は、お察しください。

あとは、人と接することが苦手で、そのせいで相手にどう感情表現をしたらいいのかわからないのかもしれません。相手の気持ちも考えもわからないし、どのぐらい自分のことを伝えたらいいのかもわからない。さじ加減がわからないし、下手くそなせいで、喋りすぎるか喋らなすぎるか、どちらかになってしまうんですよね。人との距離感を測るのが苦手なのです。書けば書くほど、自分がどれだけ人間関係が希薄だったのかがわかりますね。それでも、人間関係を広くしようとすると、エネルギー消費が大きいのか、慣れていないのか、疲れが尋常じゃないんですよね。結局疲れて嫌になって、関係を切ってしまうので、狭く深くな人間関係を目指しています。

今自分がどんな感情を持っているのか、何を感じているのか、もっと考える必要があるのかなとも思っています。最近、本当に「無」に近づいている気がして、何かを考えていても、何かを感じることは少なくなった気がします。考えに対しての感情が浮かばなくなったというか。全部「無関心」にいくんですよね。前から物事への関心は高くないのですが、ただでさえ低かった関心がさらに低くなって、0に近くなっているのでしょうか。

現状の課題は、もっと感情を表に出す、でしょうか。「どうでもいい」とか「面倒くさい」とか「なんでもいい」以外の感情を表にできるように、感受性や言葉など、色々鍛えようかなと思います。人間らしい部分を取り戻したい…。感受性はある方だと思っていたのですが、それさえもなくなると、いよいよ人間としてポンコツになってしまう気がして怖いです。不安と無関心しかないなんて嫌すぎる……。