なんでもないひとりごと。

ネガティヴ思考なADHDの、自分を見つめ直す為のブログです。

これからのことを考える

発達障害だ、と知らされてからおよそ三週間が経とうとしています。本格的に向かい合おうと考えたのはここ数日のことですが、発達障害と知らされた時の、答えが見つかった安心感と、これからの生活をどうしようか、という悩みが一気にやってきた気がしています。発達障害だとなんとなく自覚し始めている時期、そんなこと露ほども考えなかった時期、発達障害だと宣告され、認めてしまっている今。生活の仕方も考え方も、違いなんてなくて、どんな状況だったとしてもそこにいる私はなにも変わっていません。でも、変えざるを得ないのかな、とも思ってしまいます。

とりあえず、今の私の目標は

・知能検査を受けてみる(もしくはセカンドオピニオンを視野に入れる)

・自分の知能の傾向や障害の詳細な症状を知り、これからの生活の対策を考える

・自立支援に申請する

・様々なことを確定させたうえで、知っていてほしいと思う人たちに話す

……このぐらいでしょうか。最悪最後の一個はしなくてもいいとは思っていますけど(私が発達障害だからといって関係性が変わるわけではない、はずなので)。知能検査は受けなくても良い、と言う人も結構いるのは耳にしているのですが、個人的には、自分がどういう部分で健常者と異なっているのかを詳細にしたいなと思っているのです。少なからずショックを受けるような展開ではあると思うのですが、それでも、自分の事を知りたいです。そもそも、精神科に足を運んだのも、元々は抑うつが原因でしたが、自分の事をよく知って見たかったから、というのもあったと思います。客観的に自分の事を見れる第三者に、自分の事を話して、分析してもらって、自分を知れる。そんな機会だと思ったのも確かでした。私は自分の性格も、長所も全く把握できていない。もし知能検査で私の特徴が知られるなら、それは私にとっては進歩の一つになります。私は私のために、自分が持っている障害と向き合いたいです。それから、これからは自分のためにお金を使うと決めたので、病院代も自分のため、と思うので出し惜しみをする気はあまりないです(あまりにも高額なら渋るかもですが)。恋人も、自分の家庭も、新しい友人も、いらなくて。私を支えてくれる大切な家族と、一緒にいて安心できる、大好きな友人と、そこにちょこんと居座っている自分さえいればいい。閉鎖的でいい。外に開いていくことの困難さは嫌というほど知っていて、やればやるほど空回ることも実証済みなので。ひとりでいい。ひとりがいい。たまに、どうしようもなく誰かを求めてしまうこともあるけれど、私はひとりで生きていきたいんです。親不孝なのもわかってる。両親が私に期待していない事も、でも私に生きていてほしいことも。

何度も言ってきたけれど、両親よりも先に死ぬつもりはさらさらない。兄弟よりは先に死ぬかもしれないけれど。私は、私の存在意義がなくなった時に、いなくなりたい。両親が死んだら、『娘』としての私の存在意義が消えてしまう。それに伴って、家族、兄弟、人の子、という存在意義もグラグラしてくるのかもしれない。私に最初に愛情を注いで、自立してからも気にかけてくれて、そんな恩を一生かけても返せないような人たちの存在が無くなった時に、私の存在意義も一つ消える。そんな風にして、私がこの世界にいる存在意義を見出せなくなったら、この世から消える予定でいます。それには、恋人とか、友達とか、新しいつながりはいらない。というか、作れないし。

話がだいぶそれたけれど、取りあえずの目標は、本当に発達障害か、という疑問を確証に変えていくことです。再来週の診断で言えるだろうか果たして……。

変わらないこと、変わったこと

コンサータ18mgを飲み続けて二週間が経ちました。そういえば、薬の効果を書いてはいなかったなと思って、目に見える形で記録を残すべく書いていこうと思います。

初診を受けに行った日のお昼に、一錠飲みました。そもそも今の生活が夕方~深夜帯が活動時間になっているので、先生には起きた時に飲むように言われ、そのようにしています。飲んだ時はなにも思わなかったんですが、買い物をし終わって帰路に着く際、夜の街がくっきりとクリアに見えたことが、とても印象に残っています。視界が晴れて、思考も靄がかかったようなものではなく、清々しい気分でした。薬を飲んだ後にネットで効果や副作用を調べていたので、その後動悸や喉の渇きがやってきたときには、「ああ、副作用が来たんだな」と思い、素直に受け入れられました。ただ、足を組んだ時にすぐ痺れがきたのには驚きましたが。あとは、前回の記事にも書いたのですが、過去の嫌な記憶を思い出さなくなったり、強い自己嫌悪に陥らなくなったり。食欲は元々なく、一食でいいや、みたいな生活だったので、特に気になりませんでした。先週までは空腹がきても食欲はない状態でしたが、最近はむしろ食欲が上がったような…。副作用は喉の渇きが強い以外は特に感じないです。効果と副作用は比例する、とどこかで見たので、もしかしたらあまり効果もないのかも。実際、眠気が消えるのと脳内のごちゃつきが減った以外は、あまり実感できていません。でも、薬の量を増やすのにも抵抗があるし、どうしようかなというところ。というか、詳しい審査もしてみたいんですが、お金かかるかなあとか、知ったところでどうなるんだろうなあとか、いろいろ考えてしまったり。逆に、調べようとしたことを数秒で忘れたり、ひとつの事に集中してしまって他の事が疎かになってしまうということは、多少なりとも軽減されたかなとは思いますが、あまり変わらない気がしています。難しい。

話は変わるのですが、感覚過敏や怪我をしたことに気づかないのって、ADHDの特徴のひとつなんでしょうか。私の場合、音はだいたい均等に聞こえて、雑音の音量調節ができず、話を聞き逃してしまいます。特にアルバイト先の先輩は口調が速く相性の悪い声色なのか、いつも聞き取れずに困っています。他の人の会話の内容が聞き取れたり、たまに音が混ざって気持ち悪くなったり。視覚過敏ではないとは思うのですが、嗅覚過敏で、一時期食べ物の臭いで気持ち悪くなっていました。煙草や香水は特に苦手です。職場上切り傷や火傷をすることがあっても、後で発見したり、火傷していたことを忘れていたり、足に痣を作ってもいつできたのかわからなかったり。こう考えてみると、心当たりがたくさんあるんですかね。外傷の痛覚が鈍すぎて、いつか取り返しのつかない事が起こるのでは、と少し怯えています。まだまだこれからだとは思っているので、様子を見つつまた経過を報告しようと思います。

精神科通院日記その②及びその③

先週見事に②を書くのを忘れていたので、ひとまとめにしようと思います。継続しないので力にはならなそう。とはいえ、先週は「調子はどう?仕事は大丈夫?」と、近況を聞かれ答えて、「それじゃあまた薬出しておくからね。来週も予約入れておくから」ととてもあっさりと終わったので、特筆すべきことはなにもないんですけど。ただ、その時に私の不安が募ったことは確実でした。本当に発達障害なのか、実はヤブで私は薬代と診察代を無駄に払っているだけじゃないのか、と。精神科・心療内科はカウンセリングを丁寧にしてくれるという印象が強かったせいかもしれない。その日は難しい気持ちを抱きながら帰り道につきました。

そして、今週。今回も似たような質問で始まり、このままでは不味いと思った私は咄嗟に口を開きました。「私の症状って、結局なんなんですか?」と。先生はあっさりと「抑うつ状態と不安障害、で、その根底にあるのが発達障害」「どんな種類なんですか?」「ADHD。でも、徐々に治ってくるからね」私は、自分は広汎性発達障害だとばかり思っていたので、ADHDと聞いて内心とても衝撃的でした。ネットで調べた時、そうじゃないだろうなと思うようなことばかり書いてあったのに。でも、帰ってから調べてみると、『不注意』がとても当てはまることに気が付き、そうなんだな、と自己完結することができました。

そういえば、変わったことがありました。過去の事をあまり思い出して自己嫌悪に陥る頻度が減って、例え思い出しても何も感じなくなったんです。とても恥ずかしい記憶も、思い出してもいつまでも引きずったりしなくなりました。これは私にとって劇的なことでした。常に自己嫌悪と過去に苛まれながら過ごすような毎日を送っていたので、とても驚いています。これだけでも、投薬を続けた成果が十分に出ていると思い、感動しています。これが無くなったおかげかどうかはわからないけれど、自己嫌悪する時間も短くなったし、もっと客観的に自分を見ることができるようになったのかも?と思ったり。見落としや物忘れも治っていけば、もっと嬉しいんですけどね。

精神科通院日記その①

果たしてその②があるかどうかはさておき、初診の結果を連ねてみようと思います。どこまで書いていいのかわからないけれど、記憶に残っている範囲で書いてみます。

とりあえず、受付してしばらく待ちました。他の患者さんと思しき人たちもいて、みんな私と同じで心に悩みを抱えているんだなあと思いながら、座り心地の良いソファで寛いでいたところ、心理テストということで木の絵を描きました。私は葉っぱの集合体を描くのが下手なのでブロッコリーみたいになってしまうのが気になって仕方がなかったです(結果は伝えられなかったのであまり関係なかった可能性…?)。その後また待ちまして、ようやく先生とご対面です。全然関係ないですが、以前お世話になった歯科医の先生の部屋を彷彿とさせる内装でした。手の動きが特徴的な方だなあという印象。話を聞いてくれて、考えながら受け答えをしてくださったことが救いでした。私のバイト先での五連勤話(現在進行形)を聞いて、「頑張ったね」とポツリと言ってくださった事が嬉しかったです。話をしていくうちに、私の症状がうつ病ではなく発達障害によるものである可能性がある、という事で処方されたのは発達障害用のものと、睡眠薬でした。発達障害うつ病は併発するという事を事前に知っていたので、そのせいかなと思ったり。まだ詳しく発達障害の診察はされていないので、次の診察でそこ関係の事を探っていくのかなあと漠然と考えています。

薬も飲み始めなので、ここからがスタートだと思って、頑張ってみようかなと思います。

(ここから先はただの自分語りなのでたたみます)

続きを読む

やめ時と葛藤

前回の更新から一ヶ月経ったらしいです。

 

今は、バイト先を辞めようと色々画策しています。が、店長が中々つかまらず、言えずにいる状況です。

ただ、収入が減る一方で支出は増える予定だし、もう何だかんだ半年やっているから、もしかしたらまだ可能性があるかもしれない、なんて悩んでいるのが現状です。まあ、バイトが終わった瞬間、というか風呂に入って寝る前に後悔と泣き言ばかりが浮かぶので、辞める余地しかないのですが。他の人からしてみれば「この程度の事で」と思われるのかも知れないのですが、私からしてみれば、バイト先の人の一言一句が刺さって抜けないのです。痛くて痛くて仕方がなくて、傷口は広がって膿み腐っていくばかり。私の性格も相まって、まあ、相性が凄まじく悪かったのと、絶望的に向いてなかったんだなと思っています。これでバイト先の人たちが性悪ばかりならスパッと辞められたのですが、良い人達だからこそ後ろ髪を引かれる思いです。

今から新しいバイト先を考え中です。今度は短気を継続して行く形にしようかなとか。あとは入力系か事務仕事か。PCに向かって黙々と作業するのが好きです。

今のバイトを始めて半年経つのですが、辞めようと思ったのは入って一ヶ月と少し経った頃でした。その時は、あまりに短すぎるし私もまだ未熟だったから、もう少し経てばそこそこの技術が身についてマシになるだろうと考えて踏みとどまった記憶があります。ただ、あの時言われた言葉は忘れられません。

「頑張ってるのは伝わる。けど、頑張れ」

これは、鬱予備軍の私にとってはとても大きな打撃でした。その日は勤務時間にも関わらず涙が滲み、隠すのに必死でした。頑張れって何、何をどう頑張れば良いの、これ以上どう頑張れって言うの。そんな風にぐるぐると考えてしまって、表面上は装ってもそれ以外は何も考えられませんでした。でも、その頃は、まだ頑張れば何とかなると思っていたのです。

トドメを刺したのは、つい先月のことでした。「いいとこ無いね」と、軽い口調で言われました。その人からすると、本当に何気ない一言だったと思います。だからこそ、本心だと思いました。その人はとても親しみやすい人で、私はその人のことを尊敬しています。とても優しい人だと思っています。そんな人が何気なく放った本心が、何よりも深く私の心に刺さりました。きっともう、忘れられないと思います。

自分でも呆れるほど繊細というか、打たれ弱すぎると思います。でも、だから、人によってストレスのキャパシティや気にする言葉、刺さる言葉が違うからこそ、私はもうダメなんだと思います。

私は、他人の評価でよく「精神が強い」と言われます。折れずにずっと精神を保っていられて、それを悟らせないようにしている。そう思われているらしいです。気丈に振る舞える、という事でしょうか。そんな事はなくて、見せかけの、ハリボテの強さなんですけどね。

私は、呆れられるほど不器用で、急かされることが苦手で、自分の感情と言葉を異にすることができない人間です。だから、きっと向いてないんだと思います。

もう一つ、私はよく「頑張ってるのは伝わる」と言われます。愚直すぎて、隠すことが出来ないから、だと思います。頑張れ、頑張る、って言葉が、こんなにマイナス方向に刺さるなんて思ってもみなかった。

もっと器用な人間だったら、こんな風にはならなかったのかな。

恋人はいらない

私はまだ年齢的には若い方なのですが、既に恋愛ごとを諦めています。理由としては、あまりにもメンタルがアレなこと、自覚している程自分が変だということ、うつ病予備軍だということ、あまりにも面倒臭がり屋だということ、です。性欲がないわけではないけれど、したいともあまり思わなかったり。

友達は少なくても良いと思っています。私の事を本当に理解してくれる人が、両手で足りるほどいればそれで良い。片手でも充分だとは思うけど、私が本当に深い友達だと思ってる人はありがたい事に片手じゃ足りない。

将来は、猫を飼って、仕事と趣味に時間をかける日々を送りたい。猫と友達と家族がいれば、私の世界はそれで成立する気がする。

まあ、小娘の戯言なので、後々になって変わる気がするけれど。

変だということ

自分のことを変人だという人は、大抵変人じゃないことが殆どです、多分。

変わり者はどう足掻いてもバレてしまうから。普通な人がなりたい変人(想像する変人)は大体型が決まっている気がします。

 

こんなことを言うと矛盾しているかも知れないけれど、私は自分が変だと言うことを自覚しています。自慢でもなんでもなく、ただ自分が他の人とは違って、世間から爪弾きにされるような人間である事を自覚しています。

大抵変人は、自分を普通だと言ったりします。謙遜でもなんでもなく、自分が変だということを自覚していないからだと思います。自覚した瞬間、普通だとも変だとも言わず、ただ黙ってその話題をやり過ごす事しか対処法がない気がしています……(私の場合だけれど)。

 

変人であること、の境界線や基準は人それぞれではあるし、私も他の人から見れば特に何もない、ごく一般的な人間かもしれないです。私からしてみると、そう思ってくれた方が嬉しいしありがたいですが。

 

自分が他人とは違う、世間からみた普遍的な人間ではない。そう悟った瞬間、楽になった気持ちと、普通になりたいと願う気持ちとがやってきました。普通ってなんだろう、私はどこが違うんだろう、そもそも変だと言われる所以はなんだ、どうしてみると私は変なんだ。尽きない悩みをぐるぐると悩んでいます。現在進行形です。

私は自分が変だと自覚してはいるけれど、どこがどう変なのかはわからないので改善のしようがないんですよね。きっと変だと言われる部分は私の根本だったり、もう直せないほど私の中に染み付いていたりするんだろうとは思いますが。

たまに思い出したように「普通になりたい」と呟く日々なのですが、一体普通ってなんだ、どういうものなんだ……と哲学してしまいます。

日本が「多様性」というものに寛容である国ならば、こんなに悩むこともなかったのかもしれないですね、なんて。

 

私が私であることを誇れるようになるまでは、まだまだ時間がかかりそうです。