なんでもないひとりごと。

ネガティヴ思考なADHDの、自分を見つめ直す為のブログです。

自己顕示欲

 気づけばもう20日を過ぎていました、のなめです。ブログを書こうかな~と思ったまま十数日が経過していました。あるある。

 私のTwitterを覗いたことがある人はわかると思うのですが、無事卒論を提出することができました。あとは口頭での質疑応答が終われば晴れて自由の身です。しかし何の準備もしていない。怖い。

 卒論提出が終わったあとは、ほぼバイトと通常の生活に追われていました。精神的にはまだ解放されている気分ではなかったため、ゲーム等もできていません。来週以降にできたらいいなぁと思っています。積みゲーだらけなので、主にPS4ソフトをやっていきたいなあと思っています。

 

 話はだいぶ変わるのですが、虚栄心と自己顕示欲というものが人一倍強い自覚があります。よく書いてる「負けず嫌い」なところと似通っているのかなと考えています。私の理想はなににも流されず、誰とも張り合わず、自分の物差しで考え実行できる人……なんですけど、それはそれとして自分が「誰かに見てほしい」「有能でありたい」「認めてほしい」という気持ちを強く持っているのを、私は嫌というほど理解しています。

 こういう、理想と現実のギャップにいつも悩まされているんですよね。「誰かに見てもらい私」と「誰に見てもらえなくても生きていける私」がいて、その間でぐらぐらと揺れているというか。どの私もと時と場合によって私なので、まあ難しい。

 開き直るというよりは、この自己顕示欲の強さを活かして向上心でも高くできたらいいんですけど、なにせ私は努力が苦手です。もっと努力ができるようになりたい。組み合わせたら強くなりそうなパーツがないから、どう転んでも歪になってしまうんですよね。

 私を深く理解している人は、私をどう見ているんでしょう。嘘だけは吐きたくないんですけど、結果的に嘘吐きに見えているのかもしれない。いつか友人に言われた「有言不実行」という言葉がしっくりきます。言うは言うけど実行にまで移さない。私の生き方にピッタリ。口先だけだと言われたこともあります。本当にどうしようもない。

 私は私を正しく評価していると思っています。私には秀でた能力もコミュニケーション能力も、処世術も常識もありません。できることは繰り返しの積み重ねと、知識の詰め込みぐらいです。人より疲れやすいし、生きづらいし、なにより可愛くない。

 そのくせに、自分より高い能力を持っている人を見ると嫉妬してしまうし、自分と比べてしまうし、自分より劣っている人を見ると見下してしまうことがあります。醜いなあ。自分の能力が低いことを知っているのに、それを悟られたくなくて、能力が高いかのように振舞ってしまうことがあります。低いと思われたら、見下されて捨てられてしまうと思ってしまいます。別にそれでも構わないと思えたらいいんですけど、想像するよりもずっと辛い。

 一方で、空回りをしてしんどかった時期があるので、今のままの私を見てほしいという気持ちもあります。見抜いて、楽にしてほしいという気持ちもあります。自分の本質を見抜いてもらえるほど深いところまで人に見せた経験があまりないので難しいですけど。

 なんだろう、すごい中二病くさいんですよね。自分を特殊な人間だと思いたくて、でも実際は全然そんなことはないし、むしろ平均以下なところもあって。でも、自分が選ばれた人間だと思いたい。だから、いますごい流行ってる転生チートものが嫌いなのかもしれないです。そんなに人生楽にできたら苦労しないよって思っちゃう。茶番に見えるのかもしれない。私はこんなに苦しんでるのに、物語の主人公は楽々物事を進めてしまうから。逆説的に感情移入してるんですかねこれ。

 そもそも誰かに見てもらいたいと思わなければブログも書かないし、小説も公開しないだろうし。人間みんな少なからず「見てほしい、認めてほしい」という欲求があることはわかるんですけど、私がそれを持ってることが嫌なんでしょうね。何を目指しているんだ。もっと真っ直ぐ、純粋に、自分の目指すところへ目指せるような人間になりたかった。損得勘定とか、承認欲求とかを別にして。

 この歪極まりない人間が私です。自分を信じるにはまだ時間がかかるかなぁ。まずは努力する努力をした方がいいのかもしれない。抽象的すぎて手探りですが。

 発達障害の精神年齢って実年齢×0.6説があるんですけど、自分で計算したらちょうど中二病を患うぐらいの年でした。お察し。