なんでもないひとりごと。

ネガティヴ思考なADHDの、自分を見つめ直す為のブログです。

友達0の大学生活

 どうも、のなめです。そういえば自分の大学生活ってあんまり書いたことがないなと思ったので、自分がどうやって大学生活を生き延びてきたのかを記録を残す的な意味合いでも書いていきたいなと思います。

 

・そもそも大学に入学しようと思った理由

 私のブログを読んでいる人は分かると思うのですが、のなめは高校卒業後、1年半ほど専門学校に通っています。そして心が折れて逃げ帰ったあと、自分の進路について悩んでいました。このまま就職をするのか、大学に入るのか。今所属している学部に興味があったことや「このまま就職しても多分満足はできない」と確信めいた予感がしたことがあり、大学進学を秋に決めました。そして独学で勉強をして一般入試で今の大学になんとか入ることが出来ました。受験勉強は約1年半振りだったので、頭の衰えを嫌というほど感じましたね。

 

・入学後

 さて、実質二浪のような形で入学したのなめですが。当然同級生はみんな年下だし、知った顔もいない状況。勿論、友だちもいません。まあ却って有難かったですけどね。一年時に所属したゼミで会った、なんとなく一緒にいる子はいましたけど、友だちかと言われると果てしなく微妙……嫌いではないですけど。

 そんな感じで友達0スタートでしたので、講義も基本的に一人で受けていました。実質二浪なので単位を落としたら面倒くさいなと思い、シラバスと時間割等々を貰ったその日に最短で卒業単位を取るにはどうしたらいいかを計算し、その通りに進めようとしていました。結果、3年生前期まではフルで授業を取ることになりました。

 

・基本的な生活

 晴れて大学生になったのなめは、入学後まもなくバイトを始めます。何事も自由に使えるお金というものは必要です。親からの仕送りだけでは心許ないし、何よりあまり迷惑を掛けたくなかった。まあ、バイトを始めたことにより私の生活のルーチン化がより顕著になった感じは否めないですけど。

 起床、準備→大学→バイト→帰宅、就寝→起床のエンドレスループ。友達もいないので遊びに行くことも少なく。ただ1か月に2回ほど通院の機会があるので、その度に中心の方に行って何か美味しいものを食べたり買い物をしたりという感じでした。その通院も大体「週のここら辺」みたいな大体の日程が決まっているので、イレギュラー感は少なかったですね。多分そこら辺の大学生よりも味気ない生活をしていることでしょう。

 酷い時は本当に学校とバイトと家の往復だったので、決まった時間に起きて準備して出かけて……と気づいたら自動的にルーチンになっていました。自分から望んでしたわけではないです。

 

・欠かさなかったこと

 大学生活において欠かさなかったこと、それは『大学のサイトを見ること』です。公式サイトではなく、学生用の方です。そこでは休講情報や大学からのお知らせ、課題についての連絡がひとまとめに流れてくるのです。

 これの何が厄介って、一度通知を溜めてしまうと面倒くさくて見なくなってしまうこと。私は自分が通知を溜めると放っておいてしまうことを理解していたので、1日1回は必ずチェックするようにしていました。結構大事なこともどうでもいい情報に紛れたりしているので。設定でメールに送られてくるようにも出来たのですが、面倒くさくてやらなかったです。一つの手間でぐっと面倒が減るのにやらない私あるある。

 

・友達0だから危機感を持てた

 大学での友達が0のまま今日まで生きてきた私ですが、ADHDの課題である「危機感の欠如」をある意味物理的に解決したんですよね。それは何かというと「自分が欠席するとその日の授業の情報が1ミリも入ってこない」状況を作ったことです。面倒に思って欠席することにより、その日の授業が何をしていたのか全く分からない。それは友達0の私にとってはとても危機的状況です。

 始めに「必ず4年で卒業する」ことを心に決めたからには、単位は一つとして落としてはいけなかった。ラッキーだったのは、学業に関して「危機感をリアルに感じている」ことでした。ここで現実感を抱けてなかったら今ごろどうなっていたかわかりません。あと身体が丈夫でよかったなと思いました。

 

・授業を選ぶ基準

 とにかく早く単位を取りたかった。単位には全学部共通の一般と、所属学部のみの専門に分かれているのですが、専門が卒業単位には必要でした。なので必然的に専門単位を取得するために授業を選んでいきました。

 でも私は自分の興味のあるものでなければ勉強したいと思わない人間。楽に取れる単位なんてクソくらえ、という感じで『嫌な教授』以外の情報の一切を得ないまま、自分の少しでも興味がある授業を選びました。これも多分休まず出席できた要素だと思います。

 

・テストとレポートとの戦い

 大学生にとっての最大の敵、テストとレポート課題です。あと講義によっては授業毎にレスポンスシートを書いたりミニテストや課題が合間にあったりしました。細々した課題はそれなりにこなしていたのですが、私が一番つらかったのは『参照不可のテスト』でした。テーマ等々は事前に教えてもらえるのである程度ワードを固めて臨めばいいのですが、それが辛かった。大抵テスト前に文章で書いてある程度暗記して、という形が多かったです。自分が視覚優位で良かったと思う瞬間でした。

 レポートは毎回ギリギリの提出でした。余裕をもって出せたことの方が少ない。多くは締め切りの前日に取り組み始めて、仮眠を取りながら締め切りの数時間前に仕上げて提出……でした。レポートに関しては言い訳できないレベルで酷いです。でもこれでそこそこの評価を貰えるのだから完全に味を占めてしまう。このレポート地獄の際にエナジードリンクを飲んで『二度と飲まない』と2回ほど心に決めました。本当にもう飲みません。

 

・ゼミ

 私の学部はちょっと特殊で、1・2年は特定のゼミに所属するわけではなく、1年生の時は確か学校生活と論文調査に慣れることを目的にしていて、2年生時はレポートやレジュメ作成について学ぶのと、特定の分野について学ぶ感じでした。卒論があるからかもしれないです。3・4年で卒論について固めて……という流れだったんですけど、まあゼミも結構提出や発表がありまして。アドリブで乗り切ることもあれば時間が取れれば事前に準備をすることもまあ、少なかったですけどありました。

 そんなにガチガチな感じでもなかったので助かった部分が多いですかね。あと興味ある分野に触れられたこともあって、ゼミに対してはあまり重要視しないというか、無難にやっていれば取れるだろうと思ってました。具体的にはレジュメ提出とある程度意見を発表することです。それさえできていれば大丈夫でした。

 

・そもそもの話

 のなめの高校は進学校でした。ほとんどの学生は大学への進学をするし、就職や専門に行った人はあまりいない。そう、のなめは一応『進学校出身』なんです。そして半年の勉強で入学できる大学のランクなんてたかが知れています。自分の頭が良いとは思っていませんが、勉強はそこそこできる自覚はあります。

 結局、大学のランクが自分のそれよりも少し下だったんですよね。それなら一生懸命頑張らなくても、単位は取れてしまうのです。1年半の勉学のブランクがあったので、それでも危機感は抱いていましたが。これで下手に国公立を狙おうものなら三浪ぐらいにはなっていた可能性がある。けれどセンターを二度と受けたくなかったのでこうなりました。

 

・大学外での生活

 上でも書きましたが、大学以外はほとんどの時間はバイトをして過ごしました。週5で入れられればそりゃ学校とバイトと家の往復になるって。3か月~半年に一度友達と遊んだり、1か月に2回の通院を除けばそんな感じです。3年生の中盤からボランティア活動をするようになったりもするんですけど、大体はバイトです。インドア派なこともあって、休みの日は家にこもっていることが多いです。というかそもそも『完全に一日休み』の日があまりなかった。週末は休みを入れない限りはバイトだし、平日は学校があるし。長期休み以外での休みは1か月に1日貰えればいい方みたいな。……あれ、もしかして:ブラック

 でも生活の基盤がバイト代だったんですよね。仕送りは2年生の後半ぐらいで終わったし、奨学金も3年生で辞退したので。金遣いが荒いこともあったので、今の職場を止めようと思ったことはあれどバイト自体をやめようと思ったことはないです。

 でも今思い返すと精神的にやられた時期以外は別に苦痛とかもなかったんですよね……。変なところで鈍いんだよな。

 

・コロナ禍での大学生活

 今現在、コロナ禍での大学生活はある意味惨憺でした。リアルを感じないととことんダメになるADHDにとって『インターネットでの講義・課題・テスト』は『リアルを感じない』のです。教授が目の前で講義をしてくれるわけではなく、講義があったとしても画面越しなのです。大半はPDFでのレジュメになぞって課題をしたり、それが講義扱いだったり。課題の提出も即時ではなく期間を設けているけれど、実際に大学に提出しに行くわけではなく、サイトにアクセスして提出する形。もしのなめが1・2年だったらきっと単位を大量に落としていたに違いないと確信しました。今はもう卒論以外の卒業単位は取り終えているし、課程の取得に必要なものを幾つか、というだけだったので良かったです。集中できる講義と捨てられる講義(というと失礼ですが)がハッキリしていたので。

 大学に通わない、ということがどれだけ『リアルを感じない』ことなのかを嫌というほど理解しました。面倒でも大学に通っていたころの方がよっぽど大学生らしかったかもしれません。誰にも監視されない環境というのも悪かった。家にいるせいかスイッチ的なものが入らないのも悪かった。メリットも多いとは思うんですけど、私はあまりこの生活はよろしくないな……と思っています。面接がリモートになったのは嬉しいですけどね!

  コロナ禍だろうがなんだろうが大学の友達は0なので、情報交換もなにもなかったし、他の同期がどうしているのか全く分からないです。何人か知り合いに単位がやばそうなのがいるんですけど、大丈夫だろうか……。就活がリアルに感じられなかったのもこのせいだったりするのでしょうか。あんまり関係ないかなあ。

 

 参考になるかわからないのなめの大学生活ですが、こう書くと面白みも何もないな……ということがわかりました。勉強とバイトという典型的なやつですね。正直友達と一緒に課題をやったり講義を受けるという発想が私にはわからないので、これで良いと思ってますし、何よりは大学は勉強をするところなので、興味のない学部に行っていたら多分もっと酷い生活だったと思います。

 大学は就職のための足掛かりじゃなくて、勉強したいと思うから行く場所です。それが就活のために・とりあえず進学する人が多いのが残念だなあと個人的には思っています。世間的にそういう流れを作っているのもなんだかなあと思いますし。

 今日まで色々ありましたが、こういう心持ちで大学へ行けたことは私にとっては大事なことだと感じています。実際、興味のあること、好きなことを勉強できましたし。それを今後に役立てられるのが一番なんですけどねえ。難しいな人生……。